Vacrodur

「機械設計」2021年3月臨時増刊号
『主要 機械要素の選定・活用ガイド』に記事が掲載されました。

インダストリアルマシナリー部 技術課 長塩 規一(Norikazu Nagashio)

開発の背景

工作機械の主軸の高速化は、加工時間を短縮する手段として有効である。ところが、主軸を支持する転がり軸受にとっては、発熱や予圧増加、潤滑不良などの技術的課題を伴っている。加えて、モーター高出力化による短時間回転立ち上がり、低速域からの高剛性化、振動や振れ、伸びを抑えた高精度化、そしてミスト発生対策といった要求が厳しさを増してくる。

これらの要求を満足するため、部品材料や内部設計、潤滑方法などを必要に応じて組み合わせた最適設計がなされている。中でも、転動体を従来の軸受鋼からセラミックスに置き換えることで、主軸の飛躍的な高速化が図られてきた。更にシェフラー社は新たに開発した高機能材料 Vacrodur(バクロドール)を内外輪材質に採用することで、スピンドル軸受としての用途に最適な幅広い特性を持たせた。

Vacrodur(バクロドール)高速スピンドル軸受
シェフラー社 X-Life Mシリーズ 高速スピンドル軸受

X-Life 高速スピンドル軸受 Mシリーズ

工作機械の性能と生産性は主軸スピンドルの大きな影響を受け、運転時の高速性、剛性、ロバスト性の評価はスピンドル軸受の性能に著しく左右される。
シェフラー社から提供されるX-Life Mシリーズ スピンドル軸受の開発目標の一つは、モータースピンドルで頻繁に発生する発熱条件に対して、特に摩擦挙動を最適化させ、高い耐性を有するような内部設計を実現することにあった。
軸受内部設計の最適化により、シャフトとベアリングのはめあい、高速運転、軸とハウジング間の温度差によって生じる予圧上昇を大幅に低減させることが可能になった。(以下図)

ラジアルすきまの減少による予圧増加
ラジアルすきまの減少による予圧増加
予圧に対するはめあい・回転数・温度の影響
予圧に対するはめあい・回転数・温度の影響
モータースピンドル設計に広く採用される小径ボール軸受は通常比較的大きな接触角を有しており、E角(25°)の軸受に代表される。小さい接触角であるC角(15°)の軸受と比較して、大きな接触角の軸受はラジアル内部すきまが非常に大きいという利点を有している。
そのため、運転時に発生する熱膨張を効果的に逃がすことが可能になる。但し、E角(25°)の軸受は、傾きが生じると危険な運転状態になり易い傾向がある。
このような状態においては、許容範囲を超える滑りがボールに発生し、個々のボールの速度差も許容範囲を超過する傾向がある。加えて、E角(25°)の軸受はC角(15°)の軸受と比較して大きなアキシアル負荷を支持できるが、ラジアル負荷容量は低くなる。
新しいMシリーズの軸受は接触角17°および25°で提供され、従来品に比べて内部すきまが大幅に大きい内部設計となっている。
熱膨張の観点から、Mシリーズ軸受は非常に高いロバスト性を持っており、モータースピンドル用途に最適なソリュージョンとなる。

本シリーズは、M、HCM、VCMの3つの異なる軸受仕様で展開される。ボール径には中間径ボールを採用すると共に、曲率及びラジアル内部すきまを最適に調整し、小径ボール軸受の高速性能と大径ボール軸受のロバスト性を融合させている。
MシリーズのX-Life高速スピンドル軸受の内外輪・転動体は、市場で多数の実績を有する軸受鋼 100Cr6で製造される。本仕様は、モータースピンドル用途において高性能でコスト効果の高い軸受ソリュージョンである。
HCMシリーズのX-Life高速スピンドル軸受は、転動体にセラミックボール、内外輪に軸受鋼が採用されている。超高速運転アプリケーションに適したHCMシリーズは、モータースピンドルの性能を向上させる。

X-Life 高速スピンドル軸受の概要
X-Life 高速スピンドル軸受の概要

Vacrodur (バクロドール)

VCMシリーズX-Life高速スピンドル軸受では、転動体にセラミックボール、さらに内外輪に新たに開発した高機能材料 Vacrodurを採用している。
Vacrodurは、従来の軸受鋼100Cr6と比較して遥かに大きなメリットを有している。この材料は高負荷容量で、耐摩耗性及び耐熱性が極めて高いという特長を備えている。
HRC 65を超える表面硬さにより、異物や金属粉の侵入により潤滑剤が汚染された場合における初期損傷を抑制する。特に、不充分な潤滑状態や極端な汚染状態などの異常な潤滑条件下で最大限の効果を発揮する。
潤滑剤へ無機物の微粒子を意図的に混入させた汚染環境において実証試験を行った結果、従来材料と比較して運転寿命がおよそ24倍になったことが確認されている。また、良好な潤滑条件下における実証テストにおいては、Vacrodurの転がり疲労寿命が従来材料と比較して13倍以上であったことが確認されている。
更に、Vacrodurは熱安定性にも優れている。従来の軸受鋼と異なり、熱安定性の向上により、Vacrodurは硬度が低下することがほとんど無い。400℃もの高温運転環境下においても、安定した材料特性を発揮する。
また、計算上の軌道面圧許容値は2700MPaであり、従来の軸受鋼の許容値 2000MPaに対して35%耐久限度が向上している。
例として、HSK-A63マシニングセンタで頻繁に使用される軸径φ70のベアリングで計算シミュレーションを行ってみる。高速スピンドルの場合、一般的には定位置予圧においては間座調整、あるいはばね予圧方式の採用により、運転を実現させる。主軸回転数 25,000min-1条件下における軌道面圧は、従来品HC7014C(セラミック小径ボール)の場合 2800MPa、HCB7014C(セラミック標準径ボール)の場合2100MPaとなり、許容値である2000MPaを超えてくる。Vacrodurベアリング VCM7014-Cの場合、計算上の軌道面圧は2600MPaとなり、許容値である2700MPaを下回ってくるため、本運転条件におけるトライアルが可能な範囲に入ってくる。
以上のことから、VCMシリーズは極めて厳しい運転条件下における運転を実現させ、モータースピンドルの高性能化を実現する手段になるといえる。

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