ベアリングとグリースからモータの信頼性

「潤滑経済」2020年7月号 特集企画
『 設備診断・潤滑管理による設備管理 』に記事が掲載されました。

メカニカルコンポーネンツ部シール技術課 小西 悠太(Yuta Konishi)

はじめに

生産労働人口の推移
図1 生産労働人口の推移(推定値)3)

産業用モータとして代表的なものに誘導電動機があり、ニコラ・テスラらが19世紀に発明して130余年、ポンプ・圧縮機・送風機など、至るところで使われている。出力70W以上の三相誘導電動機は毎年220万台近く生産され1)、その多くが直流機で用いられる定期的な保守・交換を要す、整流子・ブラシが必要のない「かご型」のものである。この誘導電動機では、転がり軸受(ベアリング)が故障部位の約半数を占めると言われる2)

他方、電動機が使用される場面では、15~64歳の人口(生産労働人口)が、これまで以上に減少を続けると見通されている(図1)。

この"働き手"の減少は、2020年ベースで、20年、30年後に、それぞれ19.3%、28.8%減少するとされる3)。 IoTやAIに代表される技術革新による新しい労力や働き方改革など、さまざま考慮する必要はあるものの、本稿では、今後も機械的な有限寿命を持ち続けるであろう、産業用電動機の転がり軸受に対し、軸受とグリースに焦点を絞り、その効率的な保護方法について考える。

1.転がり軸受の疲れ寿命

転がり軸受は、正しく選定され、組込まれ、負荷装置と芯出しし、潤滑、軸受保護されて、理想的な運用がなされていても、機械的な繰り返し応力により、はく離(フレーキング)を生ずる(図2)。

転がり軸受内輪のはく離(フレーキング)
図2 転がり軸受内輪のはく離(フレーキング)

このはく離が発生するまでの総回転数が、転がり軸受の疲れ寿命とされる。
はく離は、軸受材の性質による内部起点型と、異物や水素の介在、潤滑状態など環境由来の表面起点型・白色組織はく離とがあり、本来の疲れ寿命は前者とされるが、軸受材料の清浄度が著しく向上した今日、内部起点型のものよりも外的要因によるものが多い。

電動機の軸受寿命は、一部の軸受メーカーや電動機メーカーのカタログに、使用機械や運用方法などごとに、必要寿命の目安が例示されており、これに到達しない軸受や、はく離以外の損傷については、経験から期間を設定して軸受を交換するのではなく、都度、使われていた軸受やグリースを分析し、早期損傷や異常の原因を突きとめ、改善することで、MTBF(Mean-Time-Between-Failures)をより長くし、予期せぬ故障による莫大な生産損失を抑制できる場合がある。電動機の軸受故障は電動機の運用年数が初期~中期に集中する傾向がある4)ため、早期から電動機の環境に合った軸受保護が必要だ(図3)。

電動機の運転年数と事故原因の関係
図3 電動機の運転年数と事故原因の関係4)

2.グリースの保護は軸受の保護

電動機の軸受故障の原因は、潤滑の不適切・劣化、汚染、軸受電流、グリースの過少・過多と、潤滑の質に関連するものが半数を占める5)。そのため、適正な潤滑状態の確保が、電動機、さらには生産設備全体の高信頼化に結びつくと言える。 適正な潤滑状態を保つためには、異物介在を抑制することが重要である。そのためには、グリースに異物を「入れない」、「作らせない」手段が不可欠だ。

2.1 外来異物の侵入を防ぐ

電動機は屋内型・屋外型と、電動機を据付ける環境により区別されることがある。また最近では、国際的に基準化されたIP(Ingression Protection)で保護方式を示していることもある(表1)。

表1 Ingression Protection(保護等級)
保護等級外来固形物に対する保護等級水の侵入に対する保護等級
0特に保護がされていない特に保護がされていない
1直径50mm 以上の固形物が中に入らない鉛直から落ちてくる水滴による有害な影響がない(防滴Ⅰ形)
2直径12.5mm 以上の固形物が中に入らない鉛直から15 度の範囲で落ちてくる水滴による有害な影響がない(防滴Ⅱ形)
3直径2.5mm 以上のワイヤーや固形物が中に入らない鉛直から60 度の範囲で落ちてくる水滴による有害な影響がない(防雨形)
4直径1mm 以上のワイヤーや固形物が中に入らないあらゆる方向からの飛まつによる有害な影響がない(防まつ形)
5有害な影響が発生するほどの粉塵が中に入らない(防塵形)あらゆる方向からの噴流水による有害な影響がない(防噴流形)
6粉塵が中に入らない(耐塵形)あらゆる方向からの強い噴流水による有害な影響がない(耐水形)
7一時的に一定水圧の条件に水没しても内部に浸水することがない(防浸形)
8継続的に水没しても内部に浸水することがない(水中形)

産業用電動機では、IP22(防滴保護形)やIP44(全閉外扇形)などが代表的な保護等級である。 軸受の必要寿命が極めて長く、とりわけ使用される環境が厳しいものに、パルプ・製紙工場があり、これらの工場の機械は、紙粉・水・油などが大量かつ頻繁に飛来する過酷な環境で使われる。また製鉄所では、電動機が大量の水やスケールにさらされる場合もある。これらの厳しい環境で使用される電動機は特に、軸封(シール)の保護等級を高める必要がある。

米国INPRO/SEAL社が開発するBearing Isolator(ベアリング・アイソレータ)は、1977年から、個々の機械仕様に合わせ、自社で設計・開発・製造し、日本国内外の多くの回転機械で採用された実績がある6)。リップシールと異なり、シールにおいて、余分なトルク損失がない上、シール性も極めて高く、IP66相当の保護等級に改善できるものもある(図4)。

ベアリング・アイソレータ「mini66」
図4 ベアリング・アイソレータ「mini66」

さらにシールのメンテナンスが不要であるため、環境が厳しい製紙・製鉄工場に限らず、多くの国内外の生産工場などで採用されている。既設電動機への後付けや、電動機を購入する際に、電動機メーカーに対し、INPRO/SEALのベアリング・アイソレータを指定することができる。一部の電動機メーカーでは、INPRO/SEALの保護方式を採用することで、電動機の保証期間を5年に延長するなど、多くの支持を集めている。

2.2 グリースでの異物生成を防ぐ

過給脂により溢れたグリース
図5 過給脂により溢れたグリース

軸受の外からではなく、グリースで発生する異物は、グリースの熱劣化と、軸受電流(電食)による劣化が挙げられる。まず発熱に関し、グリースを温度上昇させるよくある原因は、グリースの給脂量である。過給脂はグリース撹拌による発熱原因になる(図5)。

dn値(軸径内径寸法d[mm]と回転数n[min-1]の積)が大きいほど、潤滑量の差に伴う撹拌による温度上昇幅も大きい7)というデータもあり、大形機や高速回転機では特に過給脂に注意が必要だ。
温度上昇したグリースは、基油が分離・蒸発し、硬化していく。また熱で酸化が進み、スラッジができることもある。これらは油膜切れの原因になり、軸受の転動体と軌道面における金属接触を増やす。この分野はトライボロジーとして頻繁に取上げられる内容であるため、本稿は次のインバータ制御による軸受損傷とグリース劣化に話題を移す。

電動機の軸へ発生するコモンモード電圧
図6 電動機の軸へ発生するコモンモード電圧

電動機へ供給する電源周波数の可変制御は、軸受の内外輪で電位差を発生させることがある。電力会社から供給される50/60Hzの三相電源は、三つの正弦波のピークがそろい、位相も120°ずつずれ、常に三相合成分は0Vになる。一方、PWM(パルス幅変調)のインバータは、半導体素子によるスイッチングでパルス幅を変え疑似的な正弦波電源を作る。このとき、三相中性点の電位が0Vにならず、電位変動を生ずる。これをコモンモード電圧(図6)と呼ぶ8)

コモンモード電圧が電動機の固定子巻線と回転子間の静電容量により、軸側にも分圧される。これがグリースの軸受インピーダンスにより電圧上昇し、グリースが絶縁破壊電圧に達したときに、軸受内部で放電を起こす。この放電は、金属加工技術にある放電加工(EDM)と同じ原理で、転動体と軌道面の軸受鋼を溶融させ、潤滑中に鉄粉を発生させる。また放電時の局地的な熱でグリースも炭化する(図7)。

軸受電流による潤滑劣化と軸受損傷
図7 軸受電流による潤滑劣化と軸受損傷

電動機の軸と筐体間における対地軸電圧は、米国Electro Static Technology 社が開発したAEGIS® Shaft Voltage Tester(イージス軸電圧テスター・図8)によって簡単に測定することができる。 測定される軸電圧(図9)は、制御方式や電動機の据付け状況など、システム条件によるものに加え、各軸受におけるグリースの状態にも影響を受ける。

イージス軸電圧テスター
図8 イージス軸電圧テスター
電動機の対地軸電圧(放電波形)
図9 電動機の対地軸電圧(放電波形)

例えば、グリースの油膜厚さに関係する、軸回転数・粘度(軸受温度)・荷重が挙げられる。油膜が形成されにくい超低速回転や、潤滑劣化が進んだことで転動体と軌道面の金属接触が増えた軸受では、軸電圧のピーク値が低く、また、新しいグリースや、高速運転している電動機では、高くなる傾向があり、一定の電圧ピーク値をとらない。
本来は軸受電流を確認すべきであるが、既設の電動機の個々の軸受に流れる電流を確認するのは現実的に不可能である。そのため、可変周波数制御の電動機の軸電圧波形を測定し、潜在的な軸受電流を確認することは、これまでの振動測定や聴診、SPM®(Shock-Pulse-Method)などの予知保全技術と同様に重要である。 電動機の仕様や据付け方により対応を変える必要があるが、周波数制御の電動機には、軸接地(軸を媒体介してアース)、軸絶縁(セラミックなど絶縁体を持つ軸受や構造を取り入れる)、機械との筐体間の接地強化が現実的な軸受電流対策になる。

軸受電流による潤滑劣化と軸受損傷
図10 AEGIS® Bearing Protection Rings

特に低圧小容量電動機から高圧大容量まで広く発生する対地軸電圧には、2005年に米国Electro Static Technology社が開発した導電性マイクロファイバーを環状に配置させたAEGIS® Bearing Protection Rings(イージスリング・図10)が、電動機メーカーやユーザーに広く支持されている。

従来のカーボンブラシと異なり、定期的な保守・交換が不要で、石油化学工場などで使われる耐圧防爆電動機の機内へ取付けられた事例もあるなど、国内外の一部の電動機メーカーで、電食対策のオプションとして紹介されている。最近は電気自動車の普及に伴い、EVの電動機でもこの技術が活用され、軸受保護に加え、電動機から発生する高周波ノイズの対策としても、その性能が注目される。

おわりに

電動機は、当初より一定の軸受保護がなされている。しかし、電動機の軸受が本来の寿命に到達しているか、グリース変色など劣化が発生していないか、内部起点はく離以外の損傷がないか、機械要素である軸受や潤滑に電気的な影響がないか、などを確認し改善することが、今後の生産労働人口減に備えとなるため、今が極めて重要な局面と言える。

海外の高付加価値軸受を祖業に今年で設立70周年となる弊社は、ここで紹介した製品を はじめ、優れた技術を基に、軸受から軸受保護まで幅広くお客様に合うソリューションを 提案していく考えだ。

参考文献

  • 1)平成30年経済産業省生産動態統計年報- 機械統計編
  • 2)IEEE Petro-Chemical Paper PCIC-94-01
  • 3)内閣府 令和元年版高齢社会白書
  • 4)電気学会 絶縁劣化試験法、電気学会技術報告(Ⅱ部)、第182号
  • 5)global cement MAGAZINE Oct。 2007、ABB Motor Bearings
  • 6)Inpro/Seal Permanent Bearing Protection.
  • 7)似内昭夫:潤滑経済、2013年9月号、p.44-51
  • 8)一般社団法人日本電気工業会「一般用低圧三相かご形誘導電動機をインバータ駆動する場合の適用指針(JEM-TR169)に関する補足説明資料

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